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店長、「宇野昌磨」を語る

カフェのブログなのに、関係ないことばかり書いていて大変恐縮ですが、フィギュアスケートネタが続きます。

スケートの技術的な凄さはもうあらゆるところで語りつくされていると思うので、それ以外のこと。

 

五輪で銀メダルに輝いた宇野昌磨選手の天然ぶり、ついに世界中が発見したようです。

インタビューでの受け答えは独特で、世間が求める興奮とか歓喜とか感涙とか、苦労話も感動秘話も、彼の口から提供されることはありません。

彼は、聞かれたことに対して自分がその時思ったことを、飾らずそのまま答えます。

そしてその言葉が、店長の心に響きます。

 

思い出すのは、3年前のお正月のインタビュー。

まだ彼がジュニア選手で、この年の春からシニアへ上がる直前の17歳時のコメントです。

年頃の若者らしい発言を引き出そうと質問された、お正月定番の「お年玉で欲しい物は?」という問いに、当時の彼は、はにかみながらこう答えました。

 

「欲しい物……、欲しい物って今は本当に何もないんです。

 ……ただ、シニアで闘える力が欲しいです」

 

小学生でゾクッとするほどの表現力(当時店長は「気味が悪いほど魅せる小学生、出てきた」と思いました)で注目されながら、3A習得に苦しみ、トップレベルの選手との圧倒的な差に苦しんでいたに違いない宇野昌磨の中学高校時代。

世界レベルの男子選手としてはかなり遅れて3Aを習得し、さらに4回転ジャンプを装備したこのシーズンの彼にとって、何より欲しいものは、これから飛び込むシニアで闘える力でした。

 

そしてデビューしたシニアの国際大会では、試合前の6分間練習でジャンプしようとするたびに、海外のベテラン選手に進路を遮られるという洗礼、いやアクシデントもあったけれど、そんな時でも笑顔だった宇野昌磨。コーチだって「よくあること」と笑顔。

 

シニアで表彰台の常連になっても、インタビューでは他選手を尊敬し、称える発言がとても多いです。

いつだって自分に何が足りないかを考え、他選手の良い部分を吸収すべく研究しているのでしょう。

今回の五輪でも、「今大会で一番印象に残っていることは何か」と聞かれて、「ネイサン・チェン選手のフリー。良くなかったショートの後、素晴らしいフリー演技ができたことが嬉しかった」と即答していたことが、宇野昌磨らしさを物語っていると思います。

海外のメディアから、「ネイサン選手のフリーに驚いたか?」と聞かれた時には、

「いいえ、彼の練習を見ていたらフリーの演技に驚くのではなく、ショートの方に驚きます。それくらい練習ではいつも成功しています」

と答える素晴らしさ。

 

試合の時は、なるべく他の選手の演技を見るようにしているらしいです。

たいていの選手が、自分に集中するためにあえて見ないようにする中で。

昨年の世界選手権でその理由を問われ、「やっぱり上手い選手の演技は見たいじゃないですか」と答え、今回の五輪でも彼は同じ質問にこう答えました。

 

「みんなの演技を見ると楽しいなって気づいたのと、自分の演技が始まるまで暇なので」

 

試合前のルーティンもなく、ゲンを担ぐようなこともしない、だから何かに囚われることがない。

これらの言動を、素でできる強さに圧倒されます。

 

「五輪が特別だと感じない」のは、これまでずっと「五輪シーズンだからって、特にその試合だけを意識してない」と言ってきたからその通りだろうし、どの試合も毎回、「自分のその時の課題をクリアしたい」から、それぞれの試合に向けて練習し、その「練習してきたことが何も出せなかった」なら涙を流して悔しがり、発揮できたならば「これまでの練習が無駄ではなかったので満足」と笑顔で終われるのです。

そして、「誰にも負けたくない」し、「自分に一番負けたくない」。

 

去年、何かの番組で占い師に「心は60歳」と言われていた宇野昌磨。

可愛らしい外見と天然な言動に惑わされがちですが、実は悟りに近い精神があるのかもしれません。

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 16:18
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営業してました

オリンピックフィギュアスケート男子フリーの生中継の日。

中寿美は、営業しておりました。

でも、外は吹雪で、お昼過ぎまで見事にお客様がいらっしゃいませんでした。

 

そこで、誰もいない店内で独り、ネットのライブストリーミングでオリンピック中継をLIVE観戦することに。

後でフィギュアスケートオタクの友人と語り合う時のために、映像を見ながら演技内容をメモるというマニアックな行為をしていた店長。

 

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けれども、さすがに最終グループを迎える頃にはお客様がご来店。

映像を見るのはキッパリと諦め、結果を見ることも控え、お客様対応に専念いたしました。

「閉店後に、じっくりゆっくり録画を見るんだ。ニュースは一切耳に入れず、生観戦しているつもりで、手に汗握って見るんだ」

そう思いながら、営業していた店長。

 

すると、実家の母から電話が入りました。

店長が電話に出ると、母がいきなり言いました。

 

「良かったねー!! おめでとうっ!! 感動したよぅ!」

 

やはりフィギュアスケートファンである母の興奮した声。

「いや、見てない見てない。今、お客様来てる」

と小声で言う店長に、

「え? お店、やってるの?」

と母。

受話器を耳に当てたまま慌てて奥の住居スペースに走ると、

録画でONになってしまっていたテレビ画面に『金!羽生 銀!宇野』の文字。

……見てしまったー。

 

でもまあ、良かった!

金銀が逆の可能性もよぎったけれど、そうはいっても理想的なワンツーフィニッシュ。

祝杯用に買っておいたいつもより高いワインを飲みながら、出場した選手たちの演技を振り返り、大いに楽しんだ夜でした。

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 19:52
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オリンピックを見て思う

ただいま平昌冬季オリンピック真っ最中。

いろんな冬のスポーツの生中継を楽しめる絶好の機会です。

 

さて、そんな世界中のトップアスリートを見ていると、2つのタイプの選手にどうしても注目してしまいます。

店長の勝手な印象ですが、「楽しそうな選手」と、「悲壮感漂う選手」です。

 

もちろん、どの選手も身を削るような努力をして、挫折や困難を乗り越え、苦しい思いをさんざん経験してオリンピックの舞台に立ち、プレッシャーや緊張やあらゆるストレスと戦いながら、その時を迎えているに違いありません。

楽しい思いも悲壮感も、どの選手も両方抱えて、大舞台に立っているはず。

 

でも、そんな中でも、その競技ができることが嬉しくて、心から楽しい様子がにじみ出る選手がいます。

緊張の中でも適度にリラックスしていて、今自分がなんのためにその場に立っているのか、わかっている感じ。

表情も言動も自然体な「楽しそうな選手」。

結果がどうであれ、そんな選手は見ている方も幸せな気持ちになります。

その才能を授かって努力して、それを発揮できる舞台に立つ喜びを感じているのが伝わります。

「ああ、このスポーツができて、本当に嬉しいんだろうなあ」と、つい応援したくなります。

 

一方、「悲壮感漂う選手」というのは、もう身を削るどころか命を削っているんじゃないかと思うぐらいの、巨大なものを背負っている感がハンパない選手です。

勝利に懸ける執念に憑りつかれたような鬼気迫るものを感じます。

そういう選手も、ドラマティックで大いに魅力的。でも見ているのが辛くなる時も。

にもかかわらず、神がかったそのカリスマ性にはどうにも惹かれるし、目が離せなくなります。

 

結局、どちらのタイプの選手も応援しちゃう店長。

そして、スポーツに人生を重ねて観戦しがちな店長は、果たして自分は「どちらの選手のように人生を生きたいか」と考えてしまいます。

やっぱり、「楽しそうに」生きたいなあ。

勝ち負けはスポーツ選手に任せて、「今ある喜び」を感じながら、生きていけたらいいなあと思う47歳の冬です。

 

 

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 08:06
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不労所得を考える

友人と、不労所得の話になったことがあります。

不動産収入とか、遺産とか、株とか、いわゆる不労所得で暮らすことについて、どう思うか。

そんなの、羨ましいに決まっています。

「自ら働かなくてもお金が入ってくるなんて、天国じゃない?」と思います。

 

そして店長は想像します。

もし、どこかの大金持ちが「中寿美さんへ遺しておくれ」なんて言って、莫大な財産を店長に託してくれたら?

café中寿美を、続けるだろうか?

経費削減と売上アップの間で頭を悩ませ、工夫して努力するだろうか?

時間と手間をかけて、自らの手作りメニューにこだわるだろうか?

いやしない!

大金持ちだったら、チマチマした節約や売上アップのためのアイデアをひねり出そうという努力は、店長、絶対にしない自信がある。

いかにバランスを取って利益を絞り出すかなんて考えず、潤沢な資金力を駆使して、手間暇かけるよりも人とお金を使い、誰かに任せて自分は贅沢しちゃいそう。

「店をやれる幸せ」を忘れて、全然つまらないやり方になる可能性大。

そこには必死さが無くて、切実さも無くて、したがって返ってくる達成感も喜びも全く別のものになるのです。

 

さらに、大金持ちだったら、家事もやらなくなること必至。

節約と健康を考えた弁当作りも、日々の食事も掃除洗濯も、すべてお金で解決。

頭と体を使う家事という作業を、喜んで放棄すること間違いなし。

そうして、一日の時間と冷蔵庫の中身を、無駄なく効率よく使った時の快感とか、限られた食材でなかなか美味しい料理が手際よくできた時の秘かな感動も失うのです。

 

基本が怠け者の店長、不労収入など得たら、絶対に堕落する自信があります。

でも、世の中には、働かなくても一生食うに困らない収入がありながら、より大きな事業を立ち上げて社会貢献したり、工夫と努力を惜しまずに、世のため人のために尽くす人生を送る人もいます。

売れに売れても作品を作り続ける作家やミュージシャンもいます。

尊敬しちゃう。

そういう殊勝な人に、お金が巡るようになっているんだろうな。

働かなくてもお金が入ったら、ただちに怠ける気満々な店長のような人間には、巡ってこない仕組みになっているんだな、おそらく。

その方が、きっと幸せだから。

じゃあ、仕方ないか。

 

確定申告時期になると、とくにこういうことを考えてしまう店長です。

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 11:36
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冬の恋

毎年、冬になるたびに、店長は誰かにハマります。

スクリーンやテレビの向こうの有名人。

対象人物はいろいろで、イギリス人俳優の「コリン・ファース」の年もあれば、「ふなっしー」の年もあり、「浅田真央」だった年もあるから男性とは限りません。

いったんハマると、ものすごい勢いでその人物を調べて、主に動画を漁ります。

普段テレビをほぼ見ないので、店長の情報キャッチ能力は世間とだいぶズレており、ネットの力を駆使して一気に後れを挽回するのです。

そして、そうやってハマる時期は、たいていいつも冬です。

ほとんどは以前から知っている人物なのに、ある冬、なぜか突然魔法にかかったように惹かれて夢中になります。

だいたい半年〜1年で、一時のフィーバーは落ち着いていきます。

 

そこで、店長はこれを「冬の恋」と呼んでいます。

冬の恋に落ちるたびに、姉や友人達に動画を見せては「どう? どう? いいでしょう? すごいんだよ!」と説明します。

かなりウザいですね。

しかも「あの映画のこのシーンのこの表情!」とか、「あのインタビューでのあの返しが最高」とか、「あの年のあのプログラムのあそこでの音ハメと振りがツボ」とか、当然ながら膨大な量の動画や映画を見た中からの珠玉のチョイスを提示するという、変態級のオタク愛を語る店長。

半ば呆れながらも付き合ってくれる姉や友人達には、本当に感謝しています。

友人の子供までもが、「あ、〇○がテレビに出てるよ。フミ(店長)に教えてあげなよ」と言うくらい。

 

先日、「私って毎年冬になると、誰かにハマってるんだよね。不思議」と姉に言ったところ、「ああ、ヒマだからだね」と一言で片づけられました。

ああそうか! 

ヒマだからか。

 

冬になるとご来店されるお客様の人数がグッと減り、さらに週末だけの営業になるcafé中寿美。

その気になれば、意中の人物を調べる時間はたっぷりあります。

うっかり動画やDVDを見たまま何時間か経過、という時もあったりしてかなり焦りますが、不思議とライブやイベントに足を運ぶとかCDやグッズを買い漁るとかは、一切しません。

恋の対象に時間は費やしても、お金を費やすことはない店長。無い袖は振れない。

このエネルギー、何かに変換できればいいのに。

 

さて、それでは今年の店長の「冬の恋」、対象は、誰でしょう?

気になる方は、ご来店の際にお尋ねください。

ただし、推しすぎて溢れんばかりの愛をしばし語る可能性もあるので、覚悟してご質問ください。

 

 

 

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 10:23
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冒険

旅先で食事やお茶をする際、利用するお店を事前に調べてから訪れるという方が、今は多いのでしょうか。
店長も、以前はずっと「調べる派」でした。
旅行での「食べること」というのは、最大の楽しみでありまして、前もって現地でのお目当てのお店をいくつかチェックし、ある程度満足が期待できる店を選んでいました。
せっかくの初めての場所で、貴重な一食(一服)を失敗したくなかったからです。

ところが、夫は、全然「調べない派」。
行き当たりばったりで、その場で選んだお店に入ります。
「行き当たりばったり」と言いましても、投げやりなのではなく、気になったお店は通り過ぎても引き返し、何軒も足を運んで店の外から念入りに様子を窺い、意を決して入るのです。
それはもう、選ぶ作業自体を楽しむかのように時間をかけているので、決して、「選ぶのが面倒」なのではありません。

そして、無難な雰囲気の店は選ばず、店長ならまずハズレと認定しそうな危険な香りのお店に吸い込まれていきます。
で、結果は、「その通り。ガーン!」の場合と、「意外や意外、大当たり〜!」の場合と、やっぱり半々くらいなのですが、「たとえ大失敗だとしても、それはそれで思い出になる」というのが彼のお説。

初めのうちは、そんな夫の「調べない派」に「まじ、付き合いきれません」と思っていた店長ですが、いつの間にか、その場で自分の感覚を信じて店を選んだ方が、断然楽しい、ということがわかりました。
「美味しいかどうか」ではなく、「楽しい」んです。

「あのお店、美味しかったね!」はもちろんのこと、
「あのラーメン、絶望的に不味かったね。だけど、オバチャン、面白かったね」とか、とにかく、やたらと鮮明に記憶に残ります。

冒険って大事。
他人の評価や事前の情報は、確かに気になるし参考になるけれど、その場で選んで自分で決めるとワクワク感が違います。
失敗する可能性もショックも大きいけれど、楽しさは何倍にもなります。
人生も、そういう感覚、大事かもしれません。

失敗しないように、美味しいご飯にありつけるように、事前調査を重ねて挑むのは、最初のデートぐらいでいいんじゃないでしょうか。
いや、最初のデートで大冒険できたら、最高ですね。

ということで、
まだ中寿美未体験の皆様、店長、心を込めて珈琲を淹れておりますが、「美味しいか美味しくないか」は、人それぞれ。
ぜひご来店いただいて、ご自身でお確かめください。
最初のデートの方も、そうでない方も、大歓迎。
楽しいですよ!
お待ちしております♪

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 15:48
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後ろ向きで進む

店を始めて10年以上経つのですが、いまだに、一度にたくさんのお客様がご来店されると、「どうしようっ!」と焦ります。

イベントを企画しても、「万が一、店のキャパを超えるほどの来客数があったら、どうしよう」と心配して、チラシ配り等の宣伝をためらったりしています。

 

姉や友人達から、「商売やってるのにヤル気なさすぎ」とか、「『お客さん沢山来ちゃったらどうしよう』って、ワケわかんないよね!」と呆れられます。

 

そこで店長が、

 

「自分が理想と考える、提供したいサービスの質があるんです。

 それを自分一人でできる範囲もわかってる。

 その範囲を超えて一度に多くのお客様が来れば、当然サービスの質が落ちる。

 結果、お客様の満足度も落ちる。それを心配しているのです。

 けっして自分が怠けたいからじゃないのです」

 

と反論すると、「え? そうなの? ラクしたいからだと思った」との反応。

 

「ラクしたいからじゃ、ないんですー。

 長い目で見て、自分が理想と思う形で、お客様に対応したいのですー」

 

と店長が畳みかけると、姉が言いました。

 

「あ、でも、結局、自分本位だよね? 

 『自分の思う通りにやりたい』ってことで。

 自分に負荷がかかる状態はヤダってことで」

 

あ?

あれ? 

あれあれ? そういうことになるのか。

なんだかよくわからなくなって考え込む店長に、友人が言いました。

 

「いいんだよー。フミコさんはそれだからいいんだよー。

 ガツガツしてない感じが、中寿美の良さなんだよー」

 

あああありがとう〜!

優しい言葉にはすぐなびく店長。

甘やかしてくれる人、大好き。

でも、めちゃ厳しいスパルタの姉にも、大変感謝しております。

 

ガツガツしてないかもしれないけれど、こんな調子なのでお腹は常に空いています。

だからいつも、満腹を夢見て皆様をお待ちしております。

それでも、続けていられることが何よりありがたいです。

後ろ向きのまま前進をめざす11年目のcafé中寿美です。

 

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 09:52
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寂しいかどうか

飯綱高原のひっそりとした森の中でお店をやっていると、お客様からたまに聞かれることがあります。

 

「寂しくないですか?」。

 

賑やかな街中からお越しのお客様には、この森は辺境でうら寂しく、とても人が暮らす場所には見えないのかなあ。

でも実は、中寿美周辺にはかなりの定住者がお住まいで、多少距離はあるとはいえ、ご近所さんも多数なのに。

毎回そう思っていたのですが、この間、ご近所さんにも言われました。

 

「一人で寂しくないですか?」。

 

え。

ああ、場所というより、「一人で」寂しくないか、ということでしたか。

 

いずれにしても、店長はそのたびに、「いやあ、寂しくないですねえ」と答えています。

実際、一人で働くというのは、気楽です。

売上が芳しくなくても叱る上司はいないし、ミスを連発してイラつかせる部下もいません。

自分の段取りが悪くても自分が大変なだけで、迷惑をかけてしまう仲間はいません。

新しいメニューやイベントを考えるのに、企画書を書く必要もなければ、報告書も会議も飲み会もない。

 

でも。

寂しくないのは、そういう気楽さが理由ではありません。

どうして店長は「寂しくない」と答えるんだろう?

 

改めてそう考えてみると、中寿美をめぐる出来事を、一緒になって喜んだり悲しんだりしてくれる人たちがいるからだと気づきます。

「この週末は繁盛したんだよー!」

「お客様からこんなことを言われて嬉しかったよ」

などという店長の報告に、まるで我がことのように喜んでくれる人達。

「この時期は、お客様少ないな……」

と意気消沈の店長に、同じようにションボリしてくれる人達。

店長のブログを読んで、

「あの話、わかるわ〜」とか「あの時のこと、良かったね!(辛かったね!)」などと共感してくれる人達。

その人たちの存在がなかったら、きっとすごく寂しいに決まっています。

別に、励ましや助言や助力がなくてもいいんです。

 

寂しいかどうかは、場所だとか距離だとか人数だとか、そいうことではなく、一緒になって苦楽を共に感じてくれる人の存在で決まるような気がします。

たとえ誰かがすぐ近くにいたとしても、それを共有できないとしたら、とんでもなく寂しいはず。

 

一人で働くのは、正直に言っちゃうと「全くこれっぽちも寂しさが無い」訳じゃないんです。

結局のところ、誰だって本当は自分一人。

寂しさがあるから、それに耐える力を身に付けようと思える。

寂しさがあるから、誰かの寂しさを思い遣れる。

たぶん、「ちょっと寂しい」ぐらいがちょうどいいんです。

仕事も財布も人生も。

 

というわけで、実は寂しがり屋の店長、皆様の心優しい共感に厚く感謝申し上げる次第です。

 

 

 

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 07:40
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ボルダリング初挑戦

先日、友人にボルダリングに連れて行ってもらいました。

ボルダリングは、素手で岩や石を登るスポーツで、2020年の東京オリンピックで正式種目にもなりました。

壁に取り付けられた石には、レベルによってそれぞれスタートとゴールがあり、決まった石しか掴めないというルールがあります。

石の形も大きさも様々で、掴みやすいものもあれば掴みにくいものもあり、さらには足の置き場となる石も、こちらの都合の良い場所にあるとは限りません。

だからどの石を使ってどう手足を配置してゴールまでたどり着くか、考える作業もあるので頭も使います。

 

初めてボルダリングに誘われた時、

 

「いやムリムリムリ! 

 もうトシだし、近ごろめっきり運動不足で筋力の衰えを自覚しているし、もともと膝も悪いの。

 絶対に出来ない自信がある!

 それに、腕の力が全然なくて、とてもじゃないけど重い重い下半身を支えられる気がしない!」

 

と言ってみたのですが、友人が言うには、「腕の力じゃないんだよ。どちらかというと壁にへばりついて足で体全体を上げる感じだよ」とのこと。

えーと、足の力も無いでーす。

 

でも、自分の中にかすかに存在する「小学生」が、すごく行きたがってしまったのです。

まだ細くて体が軽くて、膝痛や贅肉が皆無だった小学時代のフミコが、「やってみたい!」とせがむのです。

 

というわけで、ボルダリング経験者の友人達と、女3人で行ってきました!

まずはスタッフの方の説明を聞き、友人達の登る様子を眺める初心者の店長。

目の前で、せり出す壁をロープも道具もなく人が登っていくのを見ると、意外と簡単に登れそうな感覚に陥ります。

「あれ? 意外と、私にもできるんじゃない?」なんて。

それに何より面白そう。

だんだん、登りたくてウズウズしてくる店長。

 

そして、いよいよ初心者向けのコースから、ボルダリング初体験です。

ナニコレナニコレ、面白いー!

でもはやり、スタートすらできないという状況を迎えます。

手の位置が比較的低いところからのスタートで、両手両足がそれぞれ石に乗った瞬間に、壁から剥がれるようにぺろんとマットへ落ちる店長。

あ、あれ?

スタート地点の、床から足までわずか数センチの位置で、落ちる(というより倒れる)……。

友人達が、難なく始めた第一歩すら、自分にはできないのです。

 

心に小学生はいますが、体はしっかりアラフィフの模様。

見ているのと、やってみるのとでは大違い。

でも、『できないと、できるまでやりたい』『「見て見て!できたよ!」と見せたい』というまさに小学生のメンタリティがメラメラと再燃するのです。

 

その後も、背後から友人達のアドバイスを受けながら、新しいコースにチャレンジする店長。

 

友人M:「ハイ、まず右手をあの石にかけてー」

店長:「あ、コレ? ハイッ」

友人M:「そしたら右足をその丸い石に。見える?」

店長:「うん見える。で、その次は?」

友人M:「イヤ、だからまず、右足をそこに置いて」

店長:「それはわかった。だからその先!」

友人K:「え、なんでその先……?」

友人M:「まず右足置いて。その後はそれから言うから!」

店長:「違うの違うのっ。右足置いたらすぐ次の動作に移りたいの! 早くっ!」

友人M:「いいからまず右足を置くんだ!」

友人K:「(笑)性格出るね〜。『その先』教えろって、意味わからない(笑)」

 

そして意を決して右足を丸い石に置いた瞬間、「ひゃ〜っ」と言いつつマットへと落ちる店長。

 

あー、面白かった!

確かに性格出ますね。人生も出るかも。

次回を楽しみにする店長です。

 

 

 

 

 

author:中寿美, category:店長のひとりごと, 09:02
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39歳のクリスマス

8年前のクリスマスイブの思い出です。

 

その年の12月は、店長が初めて独りで迎える飯綱高原の冬。

今は隣に住む姉夫婦も、まだ越してきていませんでした。

そして、店長にとって30代最後のクリスマスでした。

 

当時の店長は、本当に孤独で貧乏で寂しかったけれど、せっかくのイブだから、グラタンでも食べてワインを飲もうと決めました。

大事に取っておいた頂き物のワインを開けて、店の残り物でグラタンを作り始めながら一杯やって、

「あー、30代最後のクリスマスが、こんな風に過ぎていくとはなあ。この先私の未来って、一体どうなるんでしょうねー」などと嘆いていると、ご近所のTさんから電話が来ました。

 

「フミコさん、今、独り? 何してるの?」

 

と、Tさん。

独りでグラタンを作りながらワインを飲んでいる、と店長が伝えると、

「あら、それもいいわね。でも良かったらうちに来ない?」

とのお言葉。

店長、一も二もなくお誘いに乗り、出来上がったばかりの熱々グラタンと開けたばかりのワインを抱えて、いそいそと出かけて行きました。

 

クリスマスの夜、深々と積もった雪の中に特徴的な屋根のTさん一家のログハウスが、浮かび上がります。

暖かな一色だけの上品なイルミネーションと、玄関ドアの脇にも柔らかな灯りを放つスノーマンの照明。

窓からこぼれる室内の明かりも、森や雪が作る影とのバランスが絶妙で、まるでおとぎ話の中に飛び込んだようです。

 

Tさん一家の玄関先でそんな光景を前にして、店長、ようやく「家族団らんのクリスマスイブに、私などがお邪魔していいのだろうか?」と思い至り、躊躇しはじめます。

寂しすぎて、お誘いが嬉しすぎて、ウッカリ飛び出してきてしまった。

しかも、プレゼントも持たず、残り物グラタンと開栓したワイン持参で……。

 

後悔しながらチャイムを押した店長ですが、Tさん家族は、まるで家族の一員のように当たり前に店長を招き入れ、みんなで迎えてくれました。

テーブルには、料理上手のTさんが作ったクリスマスのごちそうが並び、大きな燭台にキャンドルの炎が揺らめき、それらを囲んでTさん一家が座り、6歳のお孫さんが、嬉しそうに「フミコさんの席はここだよ!」と言って、自分の席の隣にある椅子をポンポンと叩きます。

「ああ、来てよかった」

さっきまで躊躇していたのに、心から、そう思った店長。

 

人生最大の孤独を感じて迎えた39歳の暮れの店長にとって、唯一の、温かく賑やかな美しい思い出。

もし映画監督になったら(まずなれませんけれど)、あのTさん一家の柔らかな光の中の美しいクリスマスを、照明にこだわった映像で再現したいところです。

優しい、細やかな光に包まれた、絵本の中のようなクリスマス。

 

8年前のTさん一家で過ごした正統派クリスマスは、幼い頃実家で迎えた昭和クリスマスとともに、店長の心に永遠に残っていくのです。

 

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author:中寿美, category:店長のひとりごと, 09:18
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