山に暮らして、毎年初夏に悩むこと。
それは、所構わず出没するアリ。
「アリなんて街にもいるわー」と思うでしょうが、山のアリはその数としつこさが半端じゃないんです。
出現の仕方も、それはもう様々なパターンで登場し、いずれも人間にストレスを与えます。
店長が経験した史上最悪のアリ事件は、2年前の初夏に起こりました。
実は、今になって思うと、予兆はあったのです。
普段は見かけない寝室に、数匹のアリがいたこと。
もうずっと前から、寝室の上のロフトで、謎の白い粉を散見していたこと。
そして事件の数日前、家の外壁を上に向かって、アリの行列が茶色の米粒大のものを大量に運んでいたこと。
そして、とうとうその朝はやってきました。
たまたま外泊して帰宅した店長が、寝室に入ると……
前夕までまったく異常のなかったはずのベッド。
その縦3分の1面と、その脇の床一面に、おびただしい数の羽アリと白い粉が!
みっちりと!
中には羽のないアリも多数。
キャーッ
<上から見た図>
不思議なことに、ベッド上のアリと粉は、有る部分と無い部分で、きっちりとラインができています。
おぞましい光景に息をのみながら、視線を上に移す店長。
そこには、ロフトが。
ベッド上に作られたラインは、寝室の上にあるロフトの床が途切れるラインと一致。
<横から見た図>
逃げ出したい気持ちを抑え、自らを奮い立たせて店長はロフトに上がりました。
すると、ロフトにも羽アリと白い粉がてんこ盛り。
さらに奥を調べると、ロフトの壁と床でできた角に、白い砂山のようなものがある……。
なんだこれは。
とりあえず、涙声で助っ人さんに電話した店長。
「寝室に、アリが、すごいいっぱいいるの!
」
すると、助っ人さん、「ハア? アリくらいいるさ〜」と寝ぼけた声。
自分の目の前に広がる悪夢の光景と、あまりにもかけ離れたのんきな反応に、
涙がスッと引いて、目が三角になった店長。
「いや、尋常じゃない量だから! とにかく、見に来てっ!
」。
眠そうにやってきた助っ人さんも、大量のアリを見てさすがに驚いた様子。
なぜか誇らしげに「ホラ! ホラ!」と惨状を案内する店長。
結局、知人の紹介で専門の業者さんに来ていただきました。
幸い、シロアリではなくクロアリだったのですが、壁の中に巣を作っていた模様。
砂山のようになっていた白い粉は、アリ達が巣作りのために壁の中からせっせと運び出した断熱材かなにかの屑。
数日前に目撃した行列が運んでいた茶色の米粒大のものは、おそらく繭。
それが、一斉に羽化したのです。
盛大に。
あの夜、あのベッドで寝ていなくてよかった。
たまたま外泊したけれど、もしそこで寝ていたらと思っただけでゾッとします。
後で調べてみたのですが、クロアリで羽を持つのは、繁殖活動をする女王アリと雄アリのみ。
多くの働きアリはもともと羽がない。
築かれてから何年か経った成熟したアリの巣から、将来の女王アリと雄アリが誕生し、一斉に羽化して空中で交尾(結婚飛行)。
その1回の交尾で得た雄アリの精子を女王アリは一生貯蔵して卵を産み続けるらしい。
交尾を終えて地上に降り立った女王アリは、羽を落とし産卵行動に入り、雄アリは、力尽きて死ぬ。
やっと成虫になった夜にたった一度の交尾を終えて息絶える雄アリ、哀れ……。
昆虫の世界って、雄がだいたい可哀想です。
でも、シングルマザーとして一人生き残り、一生をかけて帝国を築いていく女王アリも大変です。
雄も雌も、みんな大変。
さて、ということは。
この夜、店長の寝室は、アリ達の結婚飛行の会場になっていたということ?
やめてー。
「結婚飛行」なんて名前はステキな響きですが、こちらにとっては大惨事です。
人間の世界も、いろいろ大変なんでございます。
もともとアリ達が住んでいた森に、後から乗り込んだのはこっちの方なのですが、どうか二度と会場になりませんように。